バキはピピを乗せ、必死に泳ぎました。けれど、長い角を持つ灰色のイッカクが目の前に立ちふさがり、あっという間に取り囲まれました。
「なによ、あんた達!邪魔よ!どいてよぉ!」
ピピは強がって大きな声で叫びました。
イッカクたちは冷えた目でピピたちを見ていましたが、
一番体の大きなイッカクがバキに向かって突進してきました。

「ひゃーーー!」
バキは大きく回転してそれをかわしました。
しかし、あまりにも大きく動いたので、片手で
しがみついていたピピは勢いで手がはずれ、
遠くに飛ばされました。

バキがくわえていた珊瑚の剣も一緒に。
ピピは体勢を整えながら、右手をしっかり胸に当て、
氷の精が飛ばされないよう気をつけながら、飛ばされ
てきた珊瑚の剣を掴み取りました。

ピピは震えながらもイッカクをにらみつけ、後ずさりしましたが、直後、後ろのイッカクに尾びれをつかまれました。
「きゃぁあああー・・・」
ピピが思わず悲鳴を上げました。
「ピピさーーん!!!」ブルバキモヤの声が遠くに聞こえるのを感じながらピピは気を失いました。
・・どれくらい時間がたったでしょう。ピピは明るい光の中で目を覚ましました。
ピピは気を失ったふりをしつつ、薄く目を開け、周りを見ました。
どうやら、そこはあの氷山の隙間、悪い魔法使いの眠る場所のようでした。
ピピは息を呑みました。長い黒色の髪を揺らし、長身の美しい女性の姿がピピの珊瑚の剣を珍しそうに眺めていました。
(トン)

                    珊瑚の剣を手に珍しそうに眺める黒髪の
                    女は目を覚ましたピピに気付いたようで
                    した。ピピの方を見て微笑みました。
                    ピピは思いがけず向けられた笑顔にドキ
                    リとしました。
                    黒髪の女は言いました。
                    「あなたがこれを見つけてくれたの?」
                    
「そうよ。」
                    ピピは女の不思議な微笑みに呑みこまれ
                    ないようにわれ知らず大きな声で言って
                    いました。
                    黒髪の女は嬉しそうにいいました。
                    「ありがとう。この剣は、依代。
                    この剣は標(しるべ)。
                    これが在るべき場所に収まれば、きっと
                    本物の赤い剣を呼んで、赤い剣がここに
                    来るわ。赤い剣の主とともに。」

                    ピピは言いました。
                    「あんたが悪い魔法使いなの?!」

黒髪の女はうっとりするような笑顔でピピに言いました。
「わたしはこの地にあって久しくこの地のものでは無いもの.光と大地の調停者.アウロラ,とも呼ばれているわ。」
ピピにはわけがわかりません。
ただ、黒髪の女からは悪意や敵意は感じませんでした。
ピピは黒髪の女に言いました。
「じゃあ、氷の精たちは、どうなるの?」
黒髪の女は再びうっとりとした笑顔をピピに向けて言いました。
思わず、ピピもその笑顔にうっとりしてしまいそうな笑顔でした。
「有るべきものが、あるべき場所に戻ったのなら、何もかも元どうりになるでしょう。
 そして、あなたも。」

「あたし?」
といったときには黒髪の女は珊瑚の剣を持って幻のように消えうせてしまいました。
ピピは、不吉とも、つかない黒髪の女の残した言葉の意味にただ不思議に思うばかりでした。
(猫狗さん)

ようやく我に返ったピピは、氷の精を探しました。しかし、手の中にいたはずの氷の精はどこにもいません。
「どこに行っちゃったのかしら、もしかしたらあの女の人が、ううん、悪い人じゃなかった。きっと、海の中よ。」
ピピは海に潜りました。真っ暗な中を泳いでいると、かすかにピピをよぶ声がします。
               「ピピさ〜ん。」
               バキの声でした。
               「ここよ〜。」
               「ああ、ピピさん、良かった。無事で。」
               ブルとモヤが言いました。
               「それより氷の精さんは?」
               ”ここにいますよ、ピピ。”
               バキのひれの下からハートの形が見え隠れしています。
               「良かったわ。みんな無事で。」
               ピピはほっとしました。
「ねえ、聞いて、変な女の人にあったの。」
「それより、もう外に出ようよ、僕たち、息が苦しいよ。」
3人は、ピピのようにいつまでも海の中にいられないのです。4人は氷の精と一緒に海面に向かって泳ぎました。やっと海の上に出るとバキ、ブル、モヤの3人は、大きく肩で息をしています。近くに浮かんでいた氷山に上がると、ブルとモヤが聞きました。
「ピピさん、変な女の人って?」
ピピは、洞窟であったことを全部話しました。もちろん、アウロラという女の人に言われた言葉も。
「どう、あんた達解る?」ピピは氷山の上につもった粉雪を集めてその上に、氷の精をそっとおきました。
「全然わかんないや。なんだい?しるべとか、あるべきものがあるべきところとか。」「ピピさん、きっとそれ、ナゾナゾなんだよ。」ブルとモヤは寝そべりながら言いました。
「ナゾナゾなら、もっとわかりやすいのにして欲しいわ。氷の精さん、解る?」氷の精にも解らないのか、返事はありませんでした。
「プロテウスのじいさんに、ナゾナゾ解いてもらおうよ。」
バキが言いました。
「やっぱり、おじいちゃんに頼まなきゃだめなのかしら。」
ピピはため息をつきました。
その時、はるか東の空に一筋の光の帯が見えました。その帯は、暗い空を滑るようにこちらにやってきます。それは、まるで竜が天にのぼるさまのようでもありました。光の帯はピピ達の頭上に来ると、螺旋を描きながら高く高く上っていきます。4人は、声もなくその光を見つめていました。やがて、空一面に、美しい光のカーテンが現れました。それは、この氷の国の空を彩るオーロラなのでありました。オーロラはその美しいピンク色の光を4人に注ぎました。
「あ、オーロラだ。」
ブルとモヤが思わずつぶやきました。
「でも、今日のオーロラは、赤いわ。赤い。」
「赤いオーロラ。赤い光。もしかしたら、ピピさん。」
バキが叫びました。

(ルイさん)

赤いオーロラにピピやみんなは息を呑みました。ピピはとっさに思いました。プロテウスならどうするだろう?≠ニ。
黒髪の女の謎かけはピピの心の中にはなんだかうまくひびかないようでした。
でも、自分の事を調停者≠ニ黒髪の女が言った安心させるような響きになにか特別なものをかんじたものもたしかでした。
空の赤いオーロラは予感のような震えるよかんのような不安とも期待ともつかないものをピピに抱かせました。
ピピは、そんな気持ちを振り払うように、楽しいことを考えました。
もうすぐ花祭り≠セと。

(猫狗さん)

イラスト:トン
北の国の人魚の冒険 (3 )

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