(5)
それから6年後、猪の首村に懐かしい青年が訪れた。
10代後半の彼は、背も伸び、白いTシャツにGパンというラフな格好で、海の似合う雰囲気をもった青年だった。

「・・・ぅん?猪の首岬がおかしいぞ…なんだか形が変わっている」
彼はじっと岬の方を見ていた。
「俺の記憶違いか・・?いや、いくらなんでもそれはないよな・・」
そんな彼の横を、小柄で、肩でそろえた濃茶の髪が美しい高校生の少女が通りかかった。二人は目が合った。彼女は彼の顔をじっと見た。

「・・・松原村のヤスオくん?」
「そ・・そうだけど?」
ヤスオは戸惑った。
彼女は続けた。
「あなた、トリトンのお兄ちゃんと同じくらい脚が早かったから覚えているの。」
ヤスオは彼女を顔をじっと見て、思い出したように言った。
「・・みつこちゃん?」
「はい」
彼女は笑った。
一平の所に出入りしていた小さな女の子がこんなに可愛くなったということと、自分のことを覚えてくれていたことにヤスオは改めて照れた。
「トリトン、ああ、俺、一平さんとあいつに会いたくて来たんだけど・・」
それを聞いてミツコは
「…そう、知らないのね。実はヤスオくんがここを出ていった後にお兄ちゃんも海に帰ったんです。」
「海に…帰った?遭難したの!?」
「まさか!違うわ。帰ったの。おかしな言い方でしょ?でも、私達そう言ってるんです。」
ミツコは海を見て、猪の首岬に目をやった。
「私は小さくてあの夜母から家の中からでないように言われて・・。でも、ケンタ兄ちゃんから聞いたの・・あの猪の首岬はそのときのなごり・・・」

ミツコは言葉を選ぶように話した。
「トリトンはどうしたの?」
ヤスオはミツコの顔をじっとみた。あまりに見られたのでミツコは少し顔を赤くて、

「私これから一平じっちゃんの家におはぎを届けにいくとろこなんです。一緒に行きませんか?」
と彼女が作ったであろう小さな重箱の包みを見せた。


やがて、二人は秋空の下、砂浜を並びながら一平の家に向かってゆっくり歩き始めた。
                                 (終)

 

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